2018/09/25

高層マンション育ちの子供が「伸びない」理由




かなり衝撃的な題目である。これは高層マンションに限らず、普通のマンションやハウスメーカーなどの自然が少ない人工的な空間での子育ては、大変なリスクを伴うことを伝えている。
 
合わせてこの記事を解説する社会学者宮台真二のラジオ番組を紹介する。


高層マンション育ちの子供が「伸びない」理由

高層マンションでは秀才が育ちにくい。「断捨離」してきれいに片づいた家は子供の意欲を下げる――。2500人以上を難関中学に合格させたプロ家庭教師の西村則康氏は、数多くの家庭を見てきた経験から、意外な住環境が子供の学力を左右すると指摘する。さらに、“正しく”受験勉強をすれば、大人になってからもずっと使える思考習慣が獲得でき、燃え尽き症候群にも決して陥らないという。子供だけでなく大人にも役立つ能力開発の大前提について聞いた。



西村先生はプロ家庭教師として、これまでに2500人以上の子供を難関中学に合格させてこられたそうですが、家庭の中に入り込んでいく家庭教師だからこそ、家を見ると分かることがいろいろあるそうですね。
西村はい、家庭環境を見て、子供にちょっと話をさせれば、例えば高校になったらこの子はどのくらいの学力になっているかという先のことも何となく分かりますね。

西村先生は近著『頭のいい子の育て方』(アスコム)で、「タワーマンションに住んでいる子供は才能が開花しない」とおっしゃっていますが、これは最近気づかれたことなんですか。
西村:そうでもないです。この10年ほど、ずっと感じていることです。

具体的には、どのようなことから気づかれたんですか。
西村ある子供と理科の話をしていまして、「イネって単子葉植物かな?」と聞いたら、「分からない」と言うんです。「じゃあイネを見たことないの?」と聞くと、「見たことない」と。

都会に住んでいて、田んぼが周りになければ、普通はあまり見たことがないのでは。
西村:ところが、低層のマンションや一戸建てに住んでいるお子さんで、見たことないという子はいなかったんですよ。タワーマンションに住んでいるその子も家族旅行はよく行っていますから、田園風景は見ているはずなんです。なのにそれが意識されていない。

自分とは遠い世界になっちゃってるんでしょうか。
西村:あくまでも、上の方から見る1つの景色として見ているようです。普段の生活環境が、すぐ外に出て何かに触るということができないし、風のそよぎも感じられない、音も聞こえない。五感への刺激が圧倒的に少ないために、身体感覚が自然に鍛えられるべき時期に十分鍛えられないというのが大きいと思います。この小さい頃の身体感覚というのが、物事をはっきり理解するという感覚や、学習へのモチベーション、行動力にも深く結びついてくるんです。

高層マンション住まいが身体感覚の発達に影響があるというのは、幼少期限定の話なんでしょうか。
西村:そうですね。中学2、3年生以降はあまり関係ないような気がします。学力の平均値で見れば、恐らく高層マンション住まいの子供の方が、そうでない子供よりも高いように思うんです。高層マンションの住民は一般的傾向として収入が高く、教育にもそれだけ費用がかけられるでしょうから。ただ、「こいつはすごいな」というような優秀な子が高層マンションにはほとんどいないんです。
小さい頃の身体感覚って、あまりにもたくさんあり過ぎて説明が難しいんですが、無意識にある程度勝手に身につくものと、教わって真似をして身につくものがあると思うんですね。例えば昔やった缶蹴り。上級生が空き缶を正面から蹴るふりをしながら横に蹴る。そうすると確かに逃げやすい。なるほど、あっちに蹴ればいいんだと真似をして上手になりますよね。蹴る瞬間の足の角度をこうすればあっちに飛んでいきそうだと予想してやってみる。うまくいくことも失敗することもある。うまくいった時はこうだったからこれでやってみようという具合に学習していったと思うんですね。缶蹴りに限らず、生活のいろいろな場面で身につくべき身体感覚が乏しい場合、勉強して学力を上げていく過程ではっきり限界みたいなものがありますね。
例えばお母さんと一緒にバーゲンセールに行って、3割引きだから何円かなという経験をしていない子は、数に対しての感覚が鈍く、複雑な数字の操作がやりにくいんです。普段は4万円の商品が1万2000円になっていた。その時のお母さんの真剣な顔つきだとか(笑)、相手の表情がどう変化したかも子供は感じ取ってると思うんです。

7割安くなってるとお母さんがこんなに喜んでる。7割引きってすごく安くなってることなんだと。そういう生活経験や実感なしに、いきなり4万円の70パーセント引きはいくらでしょうという問題を解いても、頭の中だけの話になってしまう。
西村:例えば小学6年生でも、算数の問題を解いてお父さんの年齢を求めて「150歳」と答えて平気な子もいる。「お前の父ちゃん、150まで生きるのか?」と聞かれて、はたと気づく、みたいな



「断捨離」は子供の意欲向上を妨げる?

なるほど。例えば算数の文章題なども、自分の身体感覚に置き換えながら読もうとするとより集中できるというか、入り込みやすいんでしょうね。文章題は国語力だとよく言われますけど、背景にあるのはこういう身体感覚だと。
西村:そうですね。言葉にしろ数字にしろ、何らかの過去の自分の経験とつながってるはずなんですね。そういう経験を身体感覚として蓄えている子とそうでない子では理解の度合いが違います。入ってきた知識が過去の記憶とつながるか、全くつながらないで離れ小島状態で置き去りにされてしまうかですね。ああなるほどな、と膝を打つ感覚というのは身体感覚と結びついていて、それが勉強するモチベーションにもつながりますし、理解の深さや応用力にもつながってくるんですね。

確かに、ひらめきというのは何かと何かがつながった、という感覚がありますね。
西村:数に対しての身体感覚のほかに、広がりとか空間把握という身体感覚もあると思います。例えば大人でいうと、車庫入れや縦列駐車が下手な人がいますね。で、縦列駐車が苦手な人はずっと苦手です。車の横を何度でもこする。だから、傷のある車のそばへは近寄るなと言いますよね。

苦手意識が強いと、それをやりたくないからいつまでも上達しないということでしょうね。
西村:いや、そうじゃないんです。たとえ練習してもいつまでも上手になりません。それは場所に関する身体感覚がないからでしょう。ハンドルを握っている自分は上から俯瞰するとどのあたりにいるか、という感覚が持てないんです。球技が得意な人というのは車庫入れもうまいんですね。走りながら、動く相手に向かってボールを投げる。どのタイミングでどの方向にどれぐらいのスピードで投げればうまくいくか。動きから先を予想する能力と、全体を俯瞰する能力。これは車庫入れと同じですね。

それは、大人になってからは絶対身につかないんでしょうか。
西村:絶対無理ということではないでしょうが、苦労するでしょうね。いつ身につけるのが得かと言えばやはり小さい頃でしょう。住環境でもう少し言えばですね、高層マンションの密閉された空間だけがいけないのではなくて、部屋の片づけ方とか配置なども、かなり学力の伸びに影響してくると思っています。

西村先生は「部屋は適当に散らかしておくのがよい」とおっしゃっていますが、その「適当」さが分からないんですが。
西村:そうですね。無目的に、きれいさっぱり片づけて何も表に出ていないような状態、というのがよくありません。目的を持って片づけられているのはいいんです。例えば、お父さんの趣味を中心に片づけてあるとか、子供に必要なものを中心に片づけてある、などです。それと、いわゆる「断捨離」は、子供の発達にとってはよくないと思います。捨ててさっぱりする大人にとってはいいんですが、断捨離された空間というのは子供にとって刺激がなさすぎる。子供というのは過剰なものに反応するんです。本棚からあふれてしまってる本とか、道具箱からあふれてしまってるものに子供は興味を持つんです。

きれいに片づいてしまっている状態はよくないと。
西村:工夫するという気持ちがわいてこなくなるでしょうね。例えば古いネジとか配線の材料の切れっぱしなどをずっとためてあって、何か作るとか修理する際に、確かああいうものがあったよな、あれが使えないかな、なんて考えるわけですね。そういう工夫が子供の脳をものすごく鍛えるんです。

なるほど。子供がいろんなものを集めてきて箱にぐちゃっとため込んでいるのを、お母さんがこんなものいらないから捨てちゃいましょうというのはダメだと。大人の目線とは全然違うと。
西村:違いますね。もう1つ言うと、教養や知性に対する憧れを子供が持てるような環境であるかどうかも、子供の学習意欲に直接結びつきます。教養のシンボルと言えばやはり本になりますが、お父さんの読んでる本と、お母さんの読んでる本がリビングの本棚に溢れかえっていて、そこに子供の本が侵食していってせめぎ合ってる状態。こういうのが一番いいですね。

本は溢れてるんですが、いいかどうかは…。子供が興味を持ちそうな本が溢れているのがいいんですか。
西村:いや、そういうことではないです。

「頑張り方」が分からないまま中年になってしまう理由
西村:今、教養に対する憧れという話をしましたが、昔は「難しい本」を読んでいるというのがカッコ良かったですよね。でも今は逆で、難しい本を読んでいると何カッコつけてるんだとなる。団塊の世代あたりまでは教養至上主義で、努力することが素晴らしいと信じてきた世代だと思うんですが、今は努力するのはダサいという風潮になっていて、努力できない子が多い。でも人間の本来の性質としては新しいことが分かると楽しいし、できることが1つ増えるのは快感である。これはずっと変わりません。今の子供は忍耐力がないんですが、それは社会的環境のせいであって子供本人の責任ではないと思うんです。今の子に必要なのは、ちょっと頑張ればできること、これだったらできそう、ということを具体的に示してあげることだと思います。

今の子供に忍耐力がないというのは実感しますね。ただ、努力するのがダサいと本当に思っているかどうかは分からないんです。子供の作文なんかを見ると、結びの言葉は必ず「これからもがんばりたいと思います」やら「もっともっとがんばりたいです」で終わるんですけど、文字面だけというか、その後頑張っている気配が一向に見えないというか。
西村:うーん。それを書いた時は本心だと思うんですけどね。それは、そう書かざるを得なかったという事情もあるかもしれませんが、「がんばります」と書いた瞬間には子供はそう思ってるわけです。ところが、どうすることが頑張ることになるのかが分からないんです。しかも、そこで何をやればいいのか考えなさいと言ったとします。そこがまた身体感覚の話になるんですけど、「これをやっていけば、こういういいことがありそうだ」という予感がないんです。成功イメージがないものについては努力はできない。どうなるか分からないけどとにかく頑張るだけは頑張ろうということができる子は本当に少ないんです。

「将来の夢=プロ野球選手」とかは誰でも書きますけど、じゃあ明日から毎朝千本ノックしようという行動にはなかなか結びつかない。
西村:そうですね。今の世の中というのは、ものすごく頑張ってきた一部の人たちと、あまり頑張ってこなかった多くの人がいますよね。例えば、いわゆるフリーターとして既に中年にさしかかった人たちに夢がないのかというと、ちゃんと夢はある。ただ往々にして夢追い人というか、夢が現実離れしていて努力の方向すら分からなくなっている。

小学生の思考感覚のまま中年になっちゃった、みたいな感じでしょうか。
西村:そうも言えますね。「大人になったらウルトラマンになる」的な。

そこで、あるべき方向に頑張れるかどうかの道を分けてしまうものがあるということですか。
西村:そうですね。例えばですが、イチロー選手もほかの子供たちと同じように「野球選手になりたい」と思っていたと思うんですが、具体的に毎日、必要な練習を自発的にやっていけた。お父さんの存在も大きかったとは思いますが、そういう行動様式が身についていたからこそ大選手になったのでは。やってみたらうまくいった、だから取り入れていく。そこにあるのは本人自身の快感だと思います。これでやっていけそうだという、快感を伴う成功イメージの積み重ねがあったでしょうね。最近、物理が嫌いな高校生って多いんです。だいたい嫌いになるのが最初の運動方程式のあたりですね。何かというと加速度ですね。ジェットコースターに乗って加速していく怖さ、これが加速度だという感覚が持てない。具体的なイメージがないから理解ができないんです。

運動方程式は、解けば物体の動きが全部分かるからすごいんだよと。それをすごいと思うか思わないかの違いは大きい。
西村:運動方程式がすごいなと思えるその大元は何かというと、それこそ暗記の知識ではなく、自分が積み上げてきたいろいろな知識や経験、それにつながる楽しさを知っているということでしょう。それは、実は大人になっても使えるロジカルシンキングにつながります。



大人の論理思考の「盲点」は図形問題で分かる

算数で、図形の問題が得意な子と不得意な子がいますよね。あれも身体感覚が深くかかわっている気がします。
西村:実は、図形「だけは」得意な子というのは、図形の難問になると解けないんです。つまりパッと見て、1回の作業でこううまくいきそうだ、というのを楽しむわけですね。こうやってこうしてああなると3つぐらいロジックが重なるともうダメ。そこまで粘りがないんです。逆に図形が嫌いという子の中から、最終的に図形が本当に得意な子が出来上がりますね。文章題でも、少々難しい問題でもじっと我慢して考え続けることができる。そういう子の場合には、2つの方向から行くことを教えます。1つは、今分かっていることから次にすぐ分かることは何か。そしてもう1つは、聞かれている答えが分かるためには何が分かれば便利か。その両方から考えさせる。それがだんだん近づいて最終的につながれば解答に至るわけですね。これがうまくいくとすごく快感を得ますから、すぐにその方法は身につきます。

それは大人の場合も同じですね。何か解決すべきことがある場合、取りあえず今できることを探すのと、ゴールから戻ってきて何ができればいいのかを探すのと、方向性は2つありますね。
西村:ですから、正しい受験勉強をすれば大人になってからもものすごく有利になるんですよ。1つ1つ「ああなるほどね」という積み重ねができる人は、その感覚が大人になってからも使えますし、「なるほど」が起こるような方向を自ら見つけていくことができる。先ほどのフリーターの話で言えば、実際に行動に結びつく意欲がわき起こるために何が必要かというと、結局は一手先を予測できる力なんです。決して最終目標ではなくて。その一手先の予測も、はっきりした確信ではなく、こっちにいくとうまく行きそうかな、という勘のようなもの。それもまた身体感覚なんです。

そこがないと、いつまでたっても行動につながらなくて、「ああなったらいいな」とずっと思っているだけと。
西村:それから、会議の席などで、ものすごく論理的で筋道だった話をされる方がいますよね。論理的思考はとても重要だと思うんですが、得てして「それはうまくいかない」とか、否定的な意見ばかり理路整然と説得力満点で述べる方がいます。ところがそれでは社会生活は止まってしまいます。結局何が必要かというと、目標に向けた話ができなくてはならない。これは図形問題を解くのと全く一緒なんです。できない理由ばかり探す人というのは、今分かることから次に何が分かるか、そこから何が分かるかといった積み上げ思考しかできない人ですね。そうじゃなくて、「こうありたい」というゴールのところから、ではそのために何ができればいいかというふうに戻ってこれる思考も必要です。それには図形の問題を解けばよいわけですが。

目の前からの積み上げ思考のパターンだけで固まってしまってるわけですね。目標からこっちに戻ってくる思考パターンも必要。それには図形を解けばいいと言われても(笑)。確かに、解いておけばよかったんでしょうが。 ただ、それに気づくことは大事ですね。自分の思考パターンはいつもこうだな、と。
西村:身体感覚はあくまで基礎の基礎であって、そのうえで正しい勉強につなげることが重要です。やり方がちょっと違ってしまったために後で伸びなくなってしまうこともあります。例えばいろいろ解き方を教えて、これがこうなってこうなるから、分かったか? と尋ねると、先生それで答えは何なの、と聞いてくる子がいます。そういう子は中学に行くとほぼ落ちこぼれてしまうんですね。御三家の私立に合格したとしても、まず落ちこぼれてしまう。

それはなぜですか。中学受験までは器用さで何とかなってもその後は難しいということですか。
西村:結論が出てほっとすることだけを追い求めるか、考えていく途中途中での快感が味わえるか、の違いでしょうね。そういう意味では、正しい受験勉強をする限りは「燃え尽き症候群」なんて起こり得ないですし、その思考訓練は大人になってからも大きく役立ちます。目標を設定し、意欲を持って行動し、到達するというプロセスの連続が、社会を生き抜く力そのものにつながりますから。




2018/09/22

デザインという違和感




最近、意味とか意識について考えていたら、今までデザインという言葉に感じていた違和感を理解することができた。それはこの言葉には、常に価値とか意味がつきまとい、おまけに共有願望をはらんでいるからだ。世界中を幸せにするデザインは素晴らしいと思う。また、便利でカッコいいデザインも良いと思う。しかし、愛するペットの存在を他人と共有できないように、私の建築は、そういうものでありたいと思う。そのためには目の前のクライアントの幸せを願いつつ、自らの感性を信じ建築を作ることである。