2017/06/13

ホスピタリティーとヒーリング



建築の本来の目的はこのふたつ。



「ホスピタリティー」とは、「もてなし」のこと。

「お」がないのは、あるとうさん臭いから。


それは、ヒエラルキーのない人と人、人ともの、人と社会、人と自然との関わりの中で生かし合うこと。



「ヒーリング」とは「癒し」のこと。

肉体と精神の回復を意味する。



建築は、関わる全ての人にそれらが実現することで完成する。



The original purpose of architecture is these two.The original meaning is no hierarchies ”Mutually resuscitating" in  those relations a person and a person, a person and a thing, a person and society, a person and nature ."Healing" is the recovery of the body and spirit.Architecture is completed by coming true to all people involved in it.


家具難民 Furniture Refugees



ボクのクライアントは最近皆さん家具難民になってしまうようだ。

もう何年も前から「クライアントに似合う」、「この家だけのために」

という思いからほとんどすべてのものを職人による一品もので作ってきた。

そのせいで住み始めるといつもクライアント困ってしまうようだ。

すべてが手作りで素材をそのまま生かしたシンプルなものなので、

無難な素材感の既製品は高価なものでも安っぽく見えてしまう。

結局、家に似合う家具や照明が市販されているものの中に見つけられなくなってしまう。

それでも以前は、アドバイスをするだけでクライアントが選んだものを楽しんでいた。

というよりも実力不足で提案出来なかった。

しかし、ここ数年少しずつ建築のことが分かりかけてきたと同時に

家具やプロダクトも自然と提案出来るようになってきた。

また、それを再現してくれる職人がいることも大きい。





My clients recently seems to become a furniture refugees. Since many years ago "Also look good on a client", " For this house only".I have made everything with one time piece. That's why most of them are own original. It seems the client always  has trouble starting living. Everything is handmade, it is a simple thing that made use of the material as it is, so ready-made articles with a safely texture will look cheap even if they are expensive.Eventually they will not find any furniture or lighting that goes home with what is on the market. Everything is handmade and simple using the raw material, so it will look like cheap even if expensive ready-made items. Still I was just advising before and was enjoying the one a client chose. Rather than, I could not propose it because I was lacking ability. However, at the same time as I understood little about architecture in recent years. Furniture and products have become able to be designed naturally. Moreover, I think that there are also craftsmen who reproduce it.









































このスケッチはあるクライアントから

「宇野さんのスパニッシュダイニングチェアー(モーエンセン)作って」という依頼で考えたもの。

依然だったら「無理!無理!」と断ってしまうところだが、

最近は自分のものになるような気がするから二つ返事で「ハイ、分かりました。」って答えた。

が、しかし、Makino wood works お牧野さんに相談したところ

思った以上の金額になり、クライアントに見せるまでもなく頓挫中。


This sketch is what I designed at the request of a client "Mr. Uno's Spanish dining chair (Børge Mogensen)". If it is still, I am refusing "It is impossible! I can not do it" Recently, as I feel like becoming my own design, I immediately replied "Hi, OK." However, I consulted with Makino wood works Mr. Makino. It'll be the price more than I thought, and a client doesn't have that until it's shown and I'm suffering a setback.



もうひとつは同じクライアントから依頼されたスタンド照明。 

たぶん銅で作ることになると思う。

家具もプロダクトも小さな建築。

予算の中で求められる機能とデザインと耐久性、メンテナンスのことなどを考えて

ディティールを決めていく。

何が出来て何が出来ないかを知らないとデザインに強さが生まれてこない。

これが出来るまでに30数年かかった。



The other is a stand lighting requested from the same client. I think that it will probably be made of copper. Furniture and product are small architecture. I will decide the detail, considering functions, design, durability, maintenance etc in the budget. If it does not know what can do and what can not do it will not give strength in the design. It took 30 several years for me to be able to do these.



2017/06/10

最近は・・・



































この数日、今月末から始まる住宅の見積りと新しい住宅の案を考えるのでいっぱいいっぱい。

インスタやFacebook、ブログの更新など全く余裕がない。

いつまでたっても営業力は上がりません。残念!

2017/06/04

メンテナンス




昨日は久しぶりに幡豆の家のメンテナンスに行った。梅雨を前に雨漏りの補修。
こんな感じでほとんどのメンテナンスはボクとスタッフでする。費用がかから
ないしすぐに対応出来る。実は僕らにとってはそれ以上の大きなメリットがあ
る。それはこの目で、原因を確認出来るから。そして、その対応を自らの経験
と知識を総動員し、対処していくことで次の設計に生かしていくことが出来る。
何をして何をしてはいけないかを知ることで、設計の巾が格段に広がる。メン
テナンスはスキルアップと設計を楽しくさせる貴重な仕事だ。これはスタッフ
に取っても同じ。事務所の中にいては絶対に得られない経験だ。多くの設計者
は、工務店に任せ大切なチャンスを逃している。







メンテナンスのもうひとつのメリットは、施主とのコミュニケーション。
我が子(建築)の成長と老化をこの目で確認し、養父母(施主)に暮らしぶりを聞く。
ボクにとってかけがえのない人たちだ。

2017/06/02

建築の豊かさ




建築の豊かさは、体験できる自然の質と量で決まる。


*質とは安全性と快適性である。





The richness of architecture depends on the quality and quantity of nature that can be experienced.


* Quality is safety and comfort..


設計事務所は平成のオワコン



昭和のオワコンが棟梁だとしたら、平成のオワコンは、個人住宅を設計している小さな設計事務所だ。

最近、オープンハウスの参加者の中に地域の小規模なハウスメーカーに所属していたり、外部スタッフとして参加している設計士が多くなった。それらのホームページを見るとハウスメーカーと言うよりまるで設計事務所だ。デザイン性を重視して施工も行い、保証や保険(これらは独自なものはほとんど無く、我々と同じ住宅保証責任保険の範囲のものがほとんど)も充実しているようにしっかりとアピールし、オールインワンで家作りが出来てしまう安心感を売りにしている。それにも増して人気が出ている理由は、そのデザイン力だ。最近急速に受注を増やしているneieなどのデザイン力を見ると、多くの個人事務所は、最後の砦のデザイン力でさえも既に太刀打ち出来ていない。実際、neieの設計士に聞くとオープンハウスには毎回数十組の参加者があり、そのうちの数組は仕事につながると言う。残念だけれどもう既に決着はついているようだ。いつの時代も時勢に合ったブランド作りと広告に弱い業種は消えてなくなるようだ。

しかし、今ボクが思う個人事務所が生き残る手段は二つ。ひとつは、ターゲットを限界まで絞り、そこに向けて毎日安定して情報を流し続けること。実際それで成功している同業者もいる。もうひとつは、出過ぎた杭になること。キーワードはどちらも「絞る」こと。今更だけど、ボクは後者を目指すしか無い。笑 

家具職人  竹村さんのこと


彼は、「職人の鏡」と言える人だ。

ボクの建築人生にもとって大きな財産と言える人だ。

その仕事ぶりは、無駄が無く流麗で品がある。

道具も美しく、電動工具に至るまで20年以上のベテラン揃いだ。

それがすべて出来映えとして家具に現れている。

彼の家具が収まると、建築が一気にグレードアップする。

でもこれは、どんな建築にも通用する話ではない。

彼の家具は、ある意味リトマス試験紙だ。

収まった瞬間に造作の良し悪しが分かってしまう。

だから大工はいつも緊張する。
































彼と仕事をするようになって、多くの家具職人が彼の仕事を見学に来るようになった。





彼に初めて図面を渡したとき、彼が済まなそうにこうこ言った。

竹村さん「私は今までスライドレールとスライド蝶番を使ったことが無いんですよ。」

ボクは初め意味が分からなかった。

僕らの設計では、扉の調整がしやすくキャッチのいらないスライド蝶番が常識だし、

引き出しが軽く、箱の精度もそれほど必要のないスライドレールが当たり前だった。


竹村さん「扉も引き出しも全てインセットでお願いできないでしょうか。」

私 「???」「なぜスライド蝶番などを使わないのですか?」

竹村さん「壊れるから」

答えは簡単だった。

彼が考えている家具の寿命は、ボクが思っているよりもずっと永かった。

私「扉や引出しの面材と枠の目地は2mmほどで良いですか?」

竹村さん「単線で寸法を描かないでください。」

私 「????」

それが下の出来映え。





























でもこれでも、相当腕のいい職人なら出来なくはないかもしれない。

彼がすごいのは、上のキッチンの写真でも分かるように

自前の材料ではなく、ボクが支給した節だらけの材料。

去年竣工した桑名の家は栗材だった。

栗は最も狂いやすい材のひとつ。

それについて何か言うでも無く、何事も無く黙々と納めてしまう。

さぞかし梅雨時などは材が膨らんで

不具合が生じるだろうと思いきや

今まで納めた数軒に限っては、まだ一度もメンテナンスが必要になったことが無い。驚





螺旋階段の手摺も彼にお願いした。

薄い檜を何枚も重ね合わせ、それを現場で1本の手摺に仕上げてくれた。

多くの職人に彼の仕事と仕事ぶりを見てほしい。








































初めて彼が作ったキッチンの引出しを引いた時の感動は今でも忘れない。

木と木が優しく擦れる感触が手にまで伝わってくる。

その優しい感触は、そのままこれを作った人の優しさだと思った。

僕らの仕事の真価は、まさしくこれだと思った。

決してネットや写真では伝わらないリアルな体験だ。

ボクはその時、彼から建築家として大切なものを教わった。









受皿を作ってみた。


先日竣工した竹ノ山の家の歯ブラシホルダーに合わせて銅で受皿を作ってみた。
毎回希望があれば、僕自身が真鍮を削りだして作っているが、特に施主からの要望はなかったが、少し気になっていたことなので今回初めて受皿を作ってみた。


杉さんの工場に出来上がった金物を取りにいったついでに、銅板の小片を少しいただいて杉さんの指導を仰ぎながら、角を削り鉛板の上に銅板を置いて鎚で叩いてみた。打ち方はプロから見ればかなり雑さが目立つけど、それはそれで味が出たんじゃないかと思う。自画自賛。その後、薬でエイジングさせた。杉さんのおかげもあったけど、ただにしては上出来。自画自賛。

2017/05/25

2017/05/10

オープンハウスの告知



かねてより施工してきました「竹ノ山の家3」のオープンハウスを行います。
詳しくは、以下のサイトをご覧の上、お申し込みください。

「竹ノ山の家3」のオープンハウス

2017/04/12

施工中の階段。


スタッフの神谷君と一緒に長い時間いろいろ検討し、何百枚と積み上げた合板は、ほぼ予定調和の範囲内で収まっている。しかし、この景色は予定調和を超えていた。


2017/04/01

近況 ディティールを

























栄生の現場も終り、最近はもっぱら次の住宅の詳細の設計で、

竹ノ山の現場以外は、ほぼ事務所に缶詰状態。

また新しいディティールを思案中。

結果はまた現場をお楽しみに。


そういえば同業者の方は、ボクのディティールにかなり興味を示してくれている人が多いみたい。

僕自身は作ってしまったディティールは過去のもので、全く興味が失せてしまいます。

また同じディティールを使うことはほとんどないので

もし、ボクのディティールに興味のある方は、差し上げますのメールください。

著作権なんて難しいことはいいません。

時間があるときに無償でデータで送ります。

といっても具体的な部分は分からないかもしれないので、

オープンハウスの後などに問い合わせいただければ結構です。



余談
でも、ボクがディティール集作ったらかなりの分厚さになりそう。同じディティールは、ほぼないし構造も木造から鉄骨造、RC造、型枠コンクリートブロック造、混構造など多岐にわたるので見応えはあると思う。でも、ディティールは、ボクが職人に出したラブレターのようなもの。その想いは、その職人にしか分からないところがある。だから一般解ではないんだよね。よく分かった同業者が参考にしてくれると、アレンジして新しいものが生まれるきっかけにはなると思う。きっと○部さんのディティール集よりは面白いと思うよ。笑










2017/03/30

僕の営業トーク




初めから作りたいものがあるわけではない。

どんなクライアントでも対応できるように既成概念を追い払うのに必死だ。

僕のなかに具体的にクライアントのイメージがある訳ではない。

商売でいえば、全くマーケティングが出来ていない。

というより、出来ない。



特定のクライアントだけに受け入れられるメッセージは、

仕事の幅を小さくしてしまう。

いろいろな価値観、ライフスタイルのクライアントと出会いたい。

過去の仕事を見れば、実際それが実現しているのが分かる。

だから、過去のクライアント同士が、飲み会をすることも考えられない。



それぞれの住宅は、そのクライアントだけのために作ったものだから

他のクライアントが良いとは限らない。

営業さながら、個々の住宅を自画自賛することもはばかられる。

だから、僕の営業トークは、

もっぱら建築への思いや哲学を語ることになってしまう。

それが、抽象的であったり、難しかったりして分かりにくいらしい。

出来る限り分かりやすくしようとしているが、

結局、写真を見ていもらったり、

実物を体験してもらったりする他には、

言葉を汲み取っていただく以外にない。



未来のクライアントの皆さん。告

皆さんが思っている以上に僕は怖い人でも難しい人でもありませんよ。優

問い合わせにお金は一切かかりません。安

一度勇気を持ってお問い合わせください。願

これが僕の営業トークでした。終





しかし、残念なことに僕のブログを読んでいる人のほとんどが同業者。

だから、この営業トークも全く営業になっていない。笑&哀













続・発想の種



今回は少し具体的な内容にしようと思うが、

結局レシピはないので、抽象的になってしまうだろう。

僕の作る建築が毎回違うのは、

敷地が違い、クライアントが違うからだ。

当たり前といえば当たり前のこと。

だから、未来のクライアント候補は、

僕が何を作るか不安で尻込みしてしまう人も多いと聞く。



僕は普段、自分自身を出来る限り白いキャンバスにすることに努めている。

つまり何も描いていないと言うこと。

新しい出会いによってどんな絵を描けるかが、

楽しみのひとつになっているからだ。


発想の種はまさしく、「敷地」、「クライアント」、「自分」。

僕は与えられた敷地で、

クライアントに最も似合う建築は何なのかを考える。

オーダーメイドの洋服のように。



しかし、洋服と違うのは時間の長さ。

その時だけに似合うものを作るわけにはいかない。

その洞察力が建築家には必要だ。


クライアントは目の前の要望に固執しがちだ。


そこに如何に専門家としての知恵と経験を盛り込めるか。

例えば、クライアントにとって最も重要な広さが

優先順位の後方になることもよくあることだ。

そこに切り込む勇気を持たなければならない。



僕が多くの建築家と決定的に違うのは、

具体的なデザインを考えると同時に

何をして何をしないかを徹底的に整理することだ。

これを納得してもらうまでは、具体的な提案はしない。

この整理の仕方が、かなり強引で僕の独断のように見えてしまうようだ。

ただ、これも飽きずに永く豊かに過ごせる本物の建築を作るために

やらなくてはならない重要な通過点。



僕は予算の有る無しで、仕事を区別することは決してない。

この要望の整理が出来るかどうか。

何れにしても成功するかどうかは、

クライアントの僕の建築に対する熱意次第。


クライアントのためだけの世界にひとつしかない

見たことのない普通の建築を作りたい。



あ〜 ますますクライアントが減りそう。哀






追伸
これ以降は若手同業者に対するアドバイス。
建築家はクライアントに選択されることで、当然クライアントの期待に応えなければならない。依頼がきた段階で作る選択肢は、既にかなり狭まっている。僕の歳になると同じようなものを作り続けることがかなりつらくなる。若き日の情熱を無くしてしまうのは、ほとんどこれが原因だ。結局、多くが設計をスタッフに任せ、本人は経営者となる。常に自らの建築を近視眼的に見るのではなく、遠く理想を求めてほしい。
売れない僕がいうのも全く説得力はないが。笑
















発想の種



どうにか次の仕事につなげようと、

クライアントのお願いし、

毎回オープンハウスを行っているが、

一般の参加者はほぼ過去のクライアントで

残念ながら新しいクライアントに出会うチャンスはあまりない。

ということはほぼ同業者や学生で埋まるオープンハウスで

いつも問われる質問が、「発想の種」についてだ。


そういえば僕も事務所を始めた30代の頃、

好きな建築家の建築を見るたびに

それを心の底から知りたいと思い、

いつも胸苦しい思いを抱えていたことを思い出す。


ただそれを聞いたところでそれをそのまま流用できる訳もなく、

結局は孤独の中で七転八倒しながら見つけるしかなかった。

結局、それは自分の外には無く、内から見つけ出すしかなかった。



具体的にいうとそれは、


「自分の心に素直になること」


今、何がしたくて何がしたくないか。

何が好きで何が嫌いか。

他人の評価などは全く気にせず、いつもそのことばかり考えていた。



好きな建築家の仕事をリメイクするような仕事も

実はその検証をしていたのだと思う。



リメイクしようとするとそれに抵抗しようとする自分を発見する。

その自分をすかさず捕まえて放さない。

それがまさしく僕のオリジナリティーだから。

そんな自分をたくさん捕まえて隙間だらけのパズルを埋めてきた。


50歳前後になって、そのパズルに一定のカラーがあることに気づいた。

その時、なんだか少し建築が分かってきたような気がした。

建築家としてやっていく自信が芽生えた。



おそらくこのパズルは完成することはないと思う。

でも、このパズルをいつか完成させるために

ボクは今日も自分の内を見つめている。


















2017/03/28

僕が完璧な機能を求める理由



家作りを始めていつもクライアントが以外に思うのは、

僕がクライアントの要望の多くを聞き入れて

その機能について何度となく確認することのようだ。

世間は僕の想像以上に僕がかなりワンマンで、

要望を聞き入れず勝手に設計してしまうように思っているようだ。



実は建物の規模と構造さえ納得していただければ、

それ以外の要望は、コスト的には十分調整可能なことだから

それほど大きな問題にはならない。



それよりも僕がしつこく機能について確認する理由がもうひとつある。

それは現場で生まれる偶然性を大切にするからだ。

この偶然は予定調和と真逆で機能を約束できない。

だから、実現可能な機能は完璧に作ることが、僕がやらなければならない最低限の仕事。



追伸
例えば栄生の家の施主とは、500通を超えるメールの交換をした。現場で生まれるものが多ければ多いほど確認作業は多くなる。

建築とは自然との関わりをデザインすること



心を癒し、豊かな日常を送るために唯一万能なものは自然である。

建築は、人と自然との接点をデザインすることである。


1、素材としての自然。

2、環境としての自然。

3、現場で生まれる自然。


今、「3」が全く顧みられていない。

コンクリート打放しは、まさしくこの「3」なのだけれど、簡単に補修をしてしまう。

他にも目に見えないけれど、職人のやる気、意欲など。

リスクを考えたとき、予定調和の無難な方向に行く。

信頼関係の欠如が、建築に豊かさを無くし、

結果的に最も不利益を被るのはクライアントになってしまう。








光熱費は終わらないローン




「光熱費は終わらないローン」

終わらないだけならまだしも、老後になれば体も弱り、家にいる時間が増える。

そのローンは減るどころかますます増えるばかりだ。

おまけに収入も減れば、次第に生活も怪しくなる。

機械仕掛けを助長する高気密はかなり疑問だが、

高断熱は老後を快適に住まうためにも絶対条件だ。

僕がこんなことを言うと不思議に思う人もいるだろう。

でも、僕の建築を一度見たことのある人であれば不思議には思わないだろう。



家作り世代は、子育て世代の場合が多い。

そのため、どうしても家作りがその時期のためのものになりがちだ。

しかし、平均寿命を考えれば、それ以外の時間の方が遥かに長い。

おまけにその時期を過ぎれば、体力も収入も減る一方だ。

だから小さく作って、その分メンテ費用が少なくすむように

高断熱で質の高い家を造った方が、トータルコストは低く抑えられる。

子育て時期は、どうしてもスペースが必要になる。

その時は庭にイナバの物置を置くことを勧めている。

子育てが終わる頃にはそれもちょうど寿命を迎える。



高断熱とセットなのが、温度環境のコントロール。

長年あらゆる空調機器を試みてきたが、

工事費、メンテナンス費、ランニングコストなどをを考えると

今、結論としてエアコンを使った床暖房がベストだ。

最近竣工した一見住宅とは思えない「栄生の家」でも

壁には断熱材を打ち込み、

床下にエアコンの空気を流し床暖房になっている。

気温によってエアコンの風を室内に直接送り込むことができるようにしている。



住宅の温度環境について若い頃はあまり重要視してこなかったが、

そろそろ老後の準備をするこの歳になって改めて気づくことがたくさんある。

これもすべて自宅を作って経験したこと。


自分が嫌なことは、他人にしないのは仕事と関係なく人として当たり前のこと。



見えてはいるが,







「見えてはいるが,誰も見ていないものを見えるようにするのが,詩だ。」
                          

                                       長田弘






「詩」を「建築」に置き換えることができる。




2017/03/23

革張りの職人さんのところに行って来た。




昨日高山に行って来た。
三が峯の家の為にオリジナルのダイニングチェアーを作ることになった。
その椅子に革を張ってくれる職人さんに会いに来た。

椅子はこんなデザイン。
無垢のスチールのフレームは杉さん製。
この座面と背面に厚いヌメ革を張る。









































Leprahaun chair hütte (レプラホーン チェア ヒュッテ)
工房の外観
自宅の工房から引っ越したばかりらしい。








































ホームページから漂う雰囲気が、どこか僕と似たものを感じすぐに依頼した。
会ってみてやっぱり僕の勘は正しかった。
必ず期待以上の仕事をしてくれると思う。
建築家はこんな風に職人を見分けられる目利きの才能も磨く必要がある。
































この少しピンクが買った革が今回のために取り寄せたもの。
数年後、かなりいい色になってくれると思う。





























2017/03/15

栄生の家のオープンハウス









どうにか17日からのオープンハウスに間に合いそうな感じ。

現在の予約状況をお知らせします。

今回は積極的に告知しなかったせいで、

以外に申し込みが少ないので、まだ時間帯によっては空いています。


15日 20時現在でまだ予約可能な時間帯。

17日 13時以降
19日 13時以降。この日は、一般の方優先としていましたが、
一般の方で埋まりそうも無いので、同業者、学生も受け付けます。

20日の日は予定に入れていませんでしたが、12時〜14時の間に2、3組受け付けますので、3日間で都合の合わなかった方はお申し込みください。



オープンハウスのページを参照の上お申し込みください。



理想





建築愛   >     自己愛













螺旋階段





竹ノ山の家2の螺旋階段施工中。

2017/03/07

疑問は未来の扉を開く鍵



この歳になるとよくいろいろなことを聞かれる。

そのほとんどは仕事に関係することだけれど、

僕の仕事が、一般的にはかなりレアケースのようなので

僕の答えが、聞いた本人にとって良いことか?

いつも不安に思いながら答えている。




A good question is always better than a good answer.   Louis・I・Kahn

よい質問は常に良い答えより優れている。 



そんな時はいつもカーンのこの言葉を思い出しながら答えている。

質問とは、興味や関心が集中したポイントである。



また、このポイントが個性である。(加筆)

この興味や関心を持つということが、どれほど大切で価値のあることかを、

本人はあまり気づいていないことが多い。




学校で教えられるような上から落ちてくる知識は、

仕事をする場合、実践の道具としてはあまり便利ではない。

しかし、自ら関心を持って得た知識や経験は、

枝葉のように広がり、記憶も定着しやすく、幅広い知識や経験を得ることが多い。

そうやって得たものは、後々、いろんな場面で応用が利いて役に立つ。



職人の世界でよく、「仕事は、見て覚えろ」といわれる。

これはまさしく、見ているところに興味と関心が集中している。

自然の素材を扱う職人の世界は、全く同じ素材を扱うことは生涯ない。

同じ杉でも木が変われば、木目も変わり材質も変わる。

まさしく一期一会の瞬間技だ。

こういう職人仕事にマニュアルのような知識は、全く役に立たない。

自分で培った経験や知識以外には対応しきれない。



これは、僕らのような自然素材や環境を相手にした仕事も同じ。

学校で教わったことで出来てしまうような建築は、ハウスメーカーの住宅と変わらない。


仕事のやりがいや建築の豊かさも

通り一遍の知識やマニュアルから距離をおけばおくほど増していくものだ。



特に若い人には、疑問は未来の扉を開く鍵であることをもっと自覚して大切にしてほしいと思う。



月に一度行う「Meets」もそんな想いを持って始めた。

2017/03/06

建築は交響曲(シンフォニー)




建築は交響曲。

シンフォニーの語源は、ギリシャ語で「完全なる協和」。

何一つ突出するものもがなく、

誰一人としてソリストになることもなく、

ヒエラルキーのない世界。


職人は奏者。

建築家は指揮者兼作曲家。

そして、素材が音になる。

脇役も主役もいない。

美しい建築を生み出すために

皆が「完全なる協和」を目指す。

それが僕の建築。


Architecture is a symphony.
The etymology of Symphony is "agreement or concord of sound" in Greek.
There is nothing to protrude anything,
Without anyone becoming a soloist,
A world without hierarchy.
A craftman is a player.
An architect is a conductor and a composer.
And the materials will be sound.
There is neither a supporting role nor a protagonist.
Everyone aims for "agreement or concord of sound"
in order to create beautiful architecture.
That is my architecture.



2017/03/05

栄生の家のオープンハウスの予告



お施主さんのご厚意により、栄生の家のオープンハウスを行います。


日時は、   3月   17日(金)、18日(土)、19日(日) の予定です。

とても小さな建築なので、参加者を最大 1日 15組 30人ほどにします。原則として、同業者、学生は 17日(金)、18日(土)のみとします。止むを得ず19日(日)をご希望の方はお申し出ください。一般の方の参加人数によりますが、可能な限り調整します。その際、時間指定はできません。


 案内は7日(火)以降にアップしますが、一般の方のお申込みの受付は、6日(月)から行います。

同業者、学生の申込みの受付は13日~16日の4日間です。
まだ、一週間ほどお待ちください。お見逃しなく!

なお、同業者、学生に限り、1組2名以下に限らせて頂きます。

2017/02/25

創造の種



創造のプロセスは、自己治癒のプロセスである。

自分が何によって癒されるか、どうすれば内にある漠然とした不安を解消できるか。

その創造物の事前事後の安心感、開放感の差異が創造のパワーである。

無意識下の自分が真に癒されるものは何か。

邪魔する意識を解放し、無意識を感じることから始まる。

創造の種は千差万別。

決まりがない。

人の数だけ芸術がある。

癒される無意識の種を過去の経験や知識を総動員してリメイクする。

それが創造だと思う。

フェイクニュースからフェイクアーキテクチャーへ


ここ数年のSNSの隆盛によるインターネット環境の変化で

ホームページやブログは、以前のような役目を果たさなくなった。

何もしなければ,知らぬ間に世間からは、全く何もしていない人になる。

インスタをやっていると,情報の賞味期限の短さに驚かされる。

商売人ならば、最小の労力で最大限の効果を出そうとするのは当然だ。

そんな折、最近フェイクニュースの話をよく耳にするようになった。

始めは耳を疑ったが、ヒットを稼ぐために意図的に嘘のニュースを流す。

人の関心を引くために手段を選ばない手法だ。



でもなんだかこれ,僕らの業界でもかなり以前から同じようなことをしていないか。

写真と実物がかなり違うもの。

漆喰だと思ったらペンキだったとか、

メチャメチャ開放感のある建築だと思ったら

街中で絶対そんな風に住めない場所だったり。

数え上げたらきりがない。

それは,紛れもなくフェイクニュースなのだ。

でも、自分が潔白かと言ったら嘘になる。

自分自身の戒めとしてここに記しておこう。

そして,敬愛する写真家を共犯者にしないためにも。




PS
情報を制するものが時代を制す。そして,どの時代、どの業界も多少のフェイク感がメインストリームになる。残念ではあるけれど、我々の業界もここしばらくは、少し強めなフェイクアーキテクチャーが時代を作っていくのだろう。










2017/02/24

僕の建築の印象について。



僕の建築を見た人の中に、その作りやディティールの厳格さから住まい手にも厳格さを強いるのではないかと感じる人がいるようだ。その原因を考えてみた。

僕は、30年ほど前、今は亡き写真家西澤豊と出会った。彼は建築をやり始めた僕に、「宇野君、建築家は施主に住み方を強いるようなものを作ってはいけない。ピラミッドにカラーボックスを置いてもその価値は全く変わらない。施主の住まい方で、その価値が変わってしまうような建築は始めから作らない方がいいよ。」と言った。その頃の僕はまだその意味をよく理解できていなかったが、とても印象に残る言葉だった。

後に、設計をする時、建築を見る時、いつもこの言葉で「リアリティー」と「寛容」を測るようになっていた自分に気付く。その後、出会った名建築たちは、例外なくこの2つを持ち合わせていた。後に印象に残るものほど、初見は存在感やリアリティーに圧倒され、寛容にまで思いが至らないことが多い。しかし、そういうものほど、その後訪れるたびにその背後に潜む寛容の奥深さを感じさせられることがよくあった。

「リアリティー」と「寛容」は、僕の建築の命題になった。これらは分ちがたく、別々に存在することはなく、一方が亡くなれば同時に片方も亡くなる。今に至る経緯は省くが、それらを建築に生み出す手法の1つが、自然(じねん)という考え方だ。ありのままを生かし、ありのままを受け入れ、一期一会の偶然性を尊ぶ。それは人智を超えたものに力を借りる手法の1つである。ただこれが厄介なのは、従来の予定調和とは真逆の設計手法だからである。また、この手法は、機能を完璧に約束することが出来ない。僕が声高に「完璧な機能を」というのはこのためである。だから、最低限やっておかなくてはならないのが、完璧な設計と厳格な施工。これを軽んじたとき,建築にならない可能性が出てくる。おそらくそのために最善を尽くそうとする僕の姿勢が、初見で見る人にプレッシャーを与えるのだと思う。

でも、僕はまだ書で言えば,楷書や行書の辺りで彷徨っているのだと思う。コルビジェが晩年ロンシャンを作ったようにいつか草書のような建築を作りたい。そのために神様は「もう少し基本を学べ」と言っているのだと思う。









2017/02/23

求められていること 許されていること



建築は、研究発表の場ではないし、考えやアイデアを表明する場でもない。

ましてや自己顕示欲や承認欲求を満たすものでもない。

もし、建築が我が子のように思えるなら、二義的な目的はありえない。

求められているのは、機能的な建築を完璧に作り上げること。

許されているのは、作ることを楽しむこと。  (註 主語は施主じゃないよ)







Architecture neither is a place by the presenting research nor is also the place where the design and an idea are expressed.

Even more, it does not satisfy self-recognition desire or approval desire.

If architecture seems like my child, the secondary purpose is impossible.

What is required is to make functional architecture perfectly.

It's only to enjoy making to be permitted.  {The subject is not the client}

2017/02/22

建築のメインストリームはそっちじゃないだろう。





建築家の建築が今ほどつまらない時代はないだろう。それは建築が研究発表の場と化しているからだ。新規性が問われ、汎用しやすい合理性が価値を持つ。あたかもコンセプトとコンテンツがレシピで、それさえあれば建築が出来てしまうかのように語られる。建築が持つ、その場所でしか実現し得ない唯一無二の存在感や生命感は,ほとんど省みられることはない。前者を否定しているのではない。いま、後者があまりにもないがしろにされていないか。情報の共有がし辛く、ネットの時代には不向きで評価が得られ難いのは分かる。だからといって前者が建築のメインストリームのように語られるのは納得がいかない。

建築の歴史のほとんどは、後者が主役だったはずだ。少なくても近代以前はそうだった。何度も聞くが,みんな何のために古い建築を見に行くんだ。まさかエレメントやコンテンツを頂きにいく訳でもあるまい。その場に行かなければ感じることのできない空気感,雰囲気を感じるため、そして,それを自らの建築に生かすためではないのか。

僕は先日、建築を研究論文と小説や詩になぞらえた。建築が情報として処理されやすい今だからこそ、研究論文偏重の大学教授や学者が大仰に建築を語ってはいけない。彼らは建築の一部しか語っていない。彼らには、空間(小説や詩でいう行間)の作り方を教えられない。建築を作る歓び、楽しさを伝えられない。それも建築家を目指す学生が減っている原因のひとつだろう。あなたたちこそ教育者として落第すべきではないか。
空間を作ることが出来る建築家が中心となって建築を語るべきだ。そうなれば、もう少し時代を超えていく建築が増えていくだろう。日本ではまだ、ズントーような建築家に人気が高く少し気休めにはなるが,その理由を語れる先生や学者はほとんどいないだろう。

焼きいも専門店 丸じゅん



先日の日曜日に長女が刈谷にミュージカルを見に行くというので
家内と一緒にドライブがてら送って行った。

3時間ほど時間があったので,
家内が急に近くの焼き芋屋に行こうというので行ってきた。
ちなみに家内は焼き芋はあまり好きではない。


最近TVで時々取り上げるので、ご覧の通りの賑わいだった。



10分ほど待って、紅はるか、紅天使、甘太くんを2本ずつ計6本買ってきた。
写真を撮り忘れたので写真はないが、
1本がペットボトル500mlを一回り小さくしたくらい。
どれもハズレがなく,焼きかたもむらなくとてもおいしかった。
「また来よう」と言いたいところだが、しかし、








































焼き芋6本で3千円越え。
一本平均500円以上。
安いランチが食べれそう。
さすがのイモ男も躊躇せざるを得ない。
最近スーパーでも表面に密が出ているいもを買うとまずハズレがない。
ブランドはあてにならない。
内には秘密兵器薪ストーブがある。
これらを鑑みて,おそらくリピートはないなと思った。
ただ,おいしかったのは間違いない。













2017/02/18

和箱の試作が出来た。


一昨日、野村紙器さん野々村さんから、お願いしてあった和箱の試作が出来たとの連絡があったので、早速行ってきた。
貼る和紙は先日,熱田の「紙の温度」で探してきた2種類の和紙を提供した。



やっぱり手作りはいい。
日本の職人は素晴らしい。
仕事が丁寧。
心が伝わってくる。



こんな感じで開いて,上げ底になっているので説明書や部品,工具類は下に納める。




素材感や箱の作りなどは,実物出ないとなかなか伝わらないな。
ほとんどは外国に贈るものなので、この微妙な素材感や職人技が分かるかが心配。
自己満足に終る可能性もあるが、それを含め,僕のものづくりへのこだわりは感じてもらえると思う。























最初はiPhoneと同じ箱にしようと思ったけど、
小ロットにはなかなか対応は難しく、
値段も約2,000円/箱くらいになりそうだったから諦めた。
再度原点に戻り,やっぱり箱も職人の手作りにしようと決めて本当に良かった。
近くにこんな職人さんがいたのもラッキーだった。

マミュアルもほぼ完成に近く,後は梱包の仕方などを決めれば、
杉さんの製品の完成待ち。