2015/08/26

ぜんぶ手でつくる 16



好きな仲間と好きな建築を







心理学では「人は相手の無意識に反応する。」ということがよく知られている。無意識で行なう行為と他に別の目的があって行なう行為では同じように見えて受ける印象は全く異なる。

私の場合であれば、「人は作り手の無意識に反応する」。

作り手の思いが、ものを通して伝わることがある。いわば目に見えない暗黙のルールのようなもの。人と人、人とものとが接する時、必ずその枠組みの中で意味を共有しものごとを理解する。建築でも大切なのは機能やデザインよりもこの枠組みだ。


建築の印象は機能やデザインとこのような非知覚メッセージによって形作られている。私の知る範囲では現代の建築家のほとんどは前者のみに重きをおいている。過去には後者に重きをおいた建築家がたくさんいた。例えば、ルイス・カーン、ルイス・バラガン、アスプルンド、晩年のル・コルビジェなど。現役ではピーター・ズントーのほか数人でしょう。

昨今の現代建築はそれがどんなに素晴らしいデザインや機能であってもそのワクワク感は初めだけで、建築家の意図やコンセプトを理解してしまうとそこにいるモチベーションが急に下がってしまう。その中でも流行の建築家ほどその傾向が強く感じられた。一方、新奇性や派手なデザインなど全くない古寺名刹などは初めの高揚感はないものの、次第に居心地の良さや安らぎを感じてくる経験をよくした。私はこの違いに長く悩まされた。
人やものから受ける感覚や感情がどのように生まれるのかをもう一度考え直してみた。

結局はデザインや形態など目に見える部分をいくらなぞっても意味がなく、作り手の思いや生き方が、ものを通してにじみ出てしまうことだ。


だから作り手は、楽しく無我夢中になれるような仕事をすべきだ。またそういう環境を自分で作らなければならない。それは、まず前提としてクライアントからの信頼を獲ること。そして、その次に



「好きな仲間と好きな建築を自由に作ること」




これが出来て初めて建築は生きてくるのだと思う。これからもそういう家づくりをしていこうと強い思いでいる。




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