2015/01/28

備忘録

「実際に どう生きたかということは大した問題ではないのです。
 大切なのは、どんな人生を夢見たかということだけ。
 なぜって 夢は その人が死んだ後も生き続けるのですから」


                           ココ・シャネル




僕の夢はさしづめ建築といったところかな。
「ニッポンマンガワールド」あるな。
動画(ぺちゃくちゃないと)

2015/01/15

最近は


年が明けてやっていることは、いつものコレ。
ディティールを考えるのはボクの設計のなかで最も大切な仕事。

この部分のディテールの修正は、たぶんこれで4回目くらいになると思う。
施工する直前に再度修正をかけるが、設計の段階ではおそらくこれが最終になると思う。


この仕事を20年以上もやってても、どうしてもディティールを1回で決めることが出来ない。


その都度、関連する図面はすべて描き直さなければならないのでこんな非効率な仕事のやり方はない。
でもどうしても一通り描いて全体を見通さないと案が練れていかない。

少し時間を置きながらこの作業を3、4回繰り返すことでほぼ完成品となる。
後は施工の直前にもう1回練り直し完了する。



実はこの詳細図、40歳を超えた頃からやっと自信を持って描けるようになった。
それまでは描いたとしてもその案が強度、機能、施工方法、材料の有無など
何一つ確信が持てず、不安ともどかしさを抱えながら設計をしていた記憶がある。
ちょうどそれはピントのずれた写真のような図面といった感じ。


今は確実にピントを合わせられるので、以前より設計がとても楽しくなった。
引出しも増えたせいで、ひとつのディティールにいろいろな納まりが
考えられるようになったのも練り直しの回数が増えた原因かもしれない。


設計するということは、外国語で小説を書くようなものだと思っている。
ひとつのディティールがひとつの単語になる。
その意味を感覚的に消化できていないと的確な言葉を選択できないように
素材や寸法、機能、施工を理解していないと建築全体の緊張感が損なわれる。

だから思ったように建築を作ろうと思ったらネイティブになるくらい
ディティールを描き続けなければなかなか修得できないと思う。



Welcome Party


今年も海外のインターンシップ生を半年間ですが、受け入れることにしました。
先日、焼き鳥屋でウェルカムパーティーをしました。
Joanne(右から二番目)は見た目は日本人ですが、中国系のカナダ人です。
日本語は全く話せません。
職人の方々、現場で見かけたら日本語で話しかけないでください(笑)。


リーマンショック以前は年間10人くらいオープンデスクを受け入れていました。
ほとんどが日本人の学生や社会人経験者でした。
最近は日本人は年に1、2人。
ほとんどが外国人になりました。
ここ数年で若い世代の仕事に対する価値観が変わったのは明らかです。
その理由は単純ではなさそうですが、
何となく思うのは、若い世代の多くが堅実な人生を歩もうとしているように思う(笑)。
ここに写っている子たちがみんな博打好きということではないけど。

2015/01/10

壮年の英会話学習について

この歳になって海外のインターンシップや仕事に関する問合せなど海外とコミュニケーションする機会が増えた。そのせいで毎日のように「もう少し英会話が出来たらな〜」という思いにさせられる。ネットなんかを見ているとついつい「2週間で話せるようになる」とか「何故あなたは英語は話せないか」なんて言うコピーに目がいく。しかし、いろいろ試みた結果、結論からいうと結局のところ本人の記憶力の問題。どんなに素晴らしい教材でも記憶しなければ全く役に立たない。建築のことはすぐに記憶できるのに英語になると全く記憶できない。自分では覚えたいと思っているのに脳が勝手に「もう入れる場所はありません」といってくる。無理矢理入れようとすると脳が怒ってオーバーヒートする。結局、その後仕事にならない。これが老化ということかな。よく年寄りが言ってたよな。

「若いうちにもっと勉強しておけば良かった」 って。

認められたい、 評価されたいと思ってるうちは・・・



「認められたい、評価されたいと思ってるうちは、確かに伸びるが、本質の楽しさは味わえない。そのヒントは子供にある。子供たちは、ただ楽しめる。そこに報酬も理由もいらない。」                
                                               武田双雲



ボクを今まで「楽しいか、楽しくないか」でほとんどのことを決めてきたような気がする。でも、物心がついてくるとそういう決断がかなり意識しないと出来なくなってくる。「子供心」って他人の評価を意識しない心のことを言うのだと思う。それだけじゃこの社会は息苦しいことも、この歳になるとよくわかっている。でも、それが満たされないと優しくなれないし、寛容にもなれないんだよね。本当の愛ってそういうところから滲み出てくるものなんじゃないかな。愛は決して表現するもんじゃない。去年の講演でも「愛!」愛!」って叫んでいるけど、愛を道具にしろって言ってるわけじゃない。50を過ぎて残りの人生を意識した時に、もっともっと子供に戻りたいと思った。もっと自由になりたいと思った。そうしたら少なくてもボクの周りの人くらいは幸せにできるんじゃないかと思った。

2015/01/06

ボクがNMW(ニッポンマンガワールド)をどうしても実現したいもうひとつの理由。




年末にこんな記事を眼にした。

「訪日旅行が中国人の反日意識を変える 日本と向き合おうとする上海市民たち」


少し長いので要約すると、日本を訪れる中国人の多くは日本人の優しさや親切心に感心し、反日意識が変わるだけでなく、日本に好感を持って帰国するという内容。僕ら日本人はあまり自覚がないので分からないと思うけど、やっぱり日本人のホスピタリティーって世界一だと思う。ビジネスの場では、どこの国でも当り前だけど日本のすごいのは、普通の町の普通の人たちがとっても親切。そんな日本人の素晴らしさを外国の人たち、とりわけ中国と韓国の人たちに知ってもらいたい。そのトリガー(引き金)としてNMWは、とてつもなく貢献すると思う。これこそが本当の「積極的平和主義」だと思う。

2015/01/05

忘年会


去年の忘年会も盛況のうちに無事終えることができました。
縁あって集まってきてくれた人たちには本当に感謝します。
もう15年以上続けている会ですが、いつまで続けられるかわ分かりませんが、
楽しみにしている人がいるうちは続けたいと思います。
そのために今年も一生懸命奥さん孝行したいと思いますが、
毎年落第どころか欠点らしく、借りばかり増えていきます。

おせち



今年初めての食事。

いわゆる「おせち」。
昔はお雑煮以外ほとんど嫌いだったけど、
最近はほとんど好きになった。
僕の中のナショナリズム度が上がったのか?

あけましておめでとうございます。


本年もよろしくお願いします。
新年にあたりここで宣言するほどの抱負もありませんが、
例に漏れず私も寄る年波には勝てず、年々1年が早く感じられるようになりました。
これは聞くところによると明らかに能力の低下ということだそうです。
本人も脳を使っている部分が以前よりも少なくなってきていることは自覚しております。

ただ、それは悪いことばかりではありません。
限られた時間、能力の中で自分がしたいこと、しなければならないことなどを
仕分ける能力は明らかに高まったような気がします。
逆を言えば、あきらめる能力が高まったとも言えます。

「あきらめる」は通常、
「希望がないと思ってやめる、断念する」などの意味で使われます。
しかし、本来お釈迦様が説いた4つの真理「四締」からきています。
簡単に言うとこんな感じです。
「現状を認識し、それを受け入れ、やるべきことを明らかにすること」

もっと簡単に言うと
「欲を捨てろ」ということ。

若い頃は時間も体力も十分あるから、何でも出来ると思って欲をかくけれど
年とともに出来ないことは少しずつ増えて、諦めざるをえなくなる。
これが必然的に「明らめる」にリンクして、
やれることも限られるから、欲も減らさざるをえなくなる。

だから自然と作るものは洗練され、シンプルになっていくような気がする。
優れた芸術家の晩年の作品にすごみが出るのは案外こんな理由なのかもしれない。


若いときの能力を失くすことで、また別の能力を得る。
両方を同時に得ることは難しい。
しかし、早世の芸術家にそういう選ばれた人は多い。
例えば、モーツアルトやゴッホなど。

そんな天才たちのことを羨んでもしょうがないので
今年も悔いのないよう「明らめ」の年にしたいと思います。