2014/12/11

全ては平穏のために  「機能」と「イメージ」の間で


僕が相談を受けた時クライアントに始めにお話することが、お互いの役割分担だ。クライアントは資金の確保と提案されたものに対して「機能」の確認をすること。それ以外は僕の仕事だ。でも、「機能」となるとなかなか厄介。それは「イメージ」との境界が曖昧だから。

「機能」と「イメージ」について話を進める前に僕が何を作ろうとしているかを話そう。
僕は時々こんな話をクライアントにする。

「僕は何が出来るかをイメージしたことがほとんどありません。むしろ、出来たものがイメージした範囲のものだとしたらそれは失敗です。」

でも、これだけでは多くの誤解を生ずる。僕にとって「イメージ」とは「情緒的空間」のこと。それはあくまで作るのではなく生まれるものだ。僕はその条件をひとつひとつ整理して、祈るように組立てていく。それはちょうど百姓が土づくりをするように。また、こんな例え方もある。父親であれば一度は経験する我が子の誕生の時、ただ無事を祈って手を合わせる。思いは同じだ。

「農作物」は食欲を満たし身体を作り、健康を保つ。「建築」は安心安全を確保し、心の平穏を保つ。僕の建築の最大の願いは、平穏な空間を生み出すことだ。全ての計らいはそのためにある。平穏な空間は予定調和の中には生まれない。だから、いつも自然が居心地のいい場を作ろうとしている。素材が喜ぶように作ろうとしている。作りすぎてはダメだ。自然は人のたくらみ(デザイン)が嫌いだ。一期一会。出来てしまったことを受け入れる達観とそれを楽しむ寛容が必要だ。多様性や普遍性はそんなところに生まれて来る。

話を戻し、僕がクライアントに確認してほしい「機能」とは、図面で確認出来る範囲のことだ。冷蔵庫や洗濯機は納まるか。ベッドが入るか。洗濯物は干しやすいか。ゴミ箱の大きさ、種類、場所など自分の持ち物や生活習慣に照らし合わせれば確認出来ること。一方「イメージ」とは、例えば利休の茶室に、小さい、狭い、低い、暗いと感じることだ。こういう場合、そもそもお互い求めているものが違っている。しかし、共感が出来れば、言葉に意味はなくなる。だから建築に何を求めるか確認し、信頼が築ければ家づくりはさほど難しくはない。




0 件のコメント:

コメントを投稿