2014/12/16

忘年会の告知

今年も忘年会を例年の通り行います。

日  時  12月 27日(土)  午後7時頃から
場  所  自宅
会  費  無し 差入れ歓迎!
参加資格  酒乱じゃない人

例年の通り参加は自由ですが、参加される予定の方で
まだ意思表示されていない方はメールください。

2014/12/15

セルフプロデュース



いわゆる自分の仕事の価値をどう伝えるかを考える。

仕事の依頼を増やすためには認知度を高めることが大切だ。SNSを使うことはもちろん、その他有効な方法としてメジャーな雑誌の掲載や権威のある賞を受賞したり、少し難易度は高くなるがコンペに勝つなどの方法もある。例に漏れず僕も事務所を始めた当初はそれらに一生懸命だった。でも数年前から少しずつ違和感を感じるようになった。

それは雑誌に掲載される写真がかなり意図的に撮られたものだったり、デフォルメされたりして印象を操作されることがよくあった。雑誌の編集方針によって印象が単一化され誤解を招きそうな誌面などもあった。賞もそれぞれ基準はあるものの、審査員の価値基準によってその価値は単純化される。それが毎年行われる賞だったりすると、素人から見れば年度は違えど同じ名の賞は当然同じ価値と判断する。それにも違和感を感じた。ましてや雑誌や賞はそれなりのブランドや権威という価値が付いてしまう。これは建築家にとって本当に幸せなことだろうか。

クライアントが依頼するとき必ず判断する材料がある。僕は数年前からその判断材料に僕以外の価値観や社会的権威が入り込まないようにしてきた。僕がしてきたこと、やりたいこと、できることを正確に伝えるために自分が考える等身大の価値だけを示すように心掛けてきた。啐啄(そったく)の機を得ようとすれば、人の力を借りずに自分のくちばしだけで鳴くしかないんだ。



政治は悪さ加減の選択である。




「政治は悪さ加減の選択である。」        福沢諭吉



選挙のたびに思い出す。
万年野党に甘んじる政治家もそれを支持する人たちももう少し政治というものを知るべきだ。純血を求めるあまり排他的になりがちで多数決で決まる民主主義の舞台では脇役になりがちだ。

かたや万年与党の方々は、支持する方も支持される方もいつ福沢諭吉を勉強したんだろうと思えるほど賢く要領がいい。気のせいか彼らはみんな商売上手で世渡り上手のようにもみえてくる。もって生まれた天賦の才か両者の隔たりは如何ともしがたく、斯くして今回の選挙も軍配は周知の通りと相成りました。終わり!

追伸
「支持政党なし」とおっしゃる方々も万年野党の方々と同じ臭いがするのは僕だけだろうか。

そして、この言葉を理解している人たちが、民主主義という社会を作っていくのだと思う。

2014/12/11

全ては平穏のために  「機能」と「イメージ」の間で


僕が相談を受けた時クライアントに始めにお話することが、お互いの役割分担だ。クライアントは資金の確保と提案されたものに対して「機能」の確認をすること。それ以外は僕の仕事だ。でも、「機能」となるとなかなか厄介。それは「イメージ」との境界が曖昧だから。

「機能」と「イメージ」について話を進める前に僕が何を作ろうとしているかを話そう。
僕は時々こんな話をクライアントにする。

「僕は何が出来るかをイメージしたことがほとんどありません。むしろ、出来たものがイメージした範囲のものだとしたらそれは失敗です。」

でも、これだけでは多くの誤解を生ずる。僕にとって「イメージ」とは「情緒的空間」のこと。それはあくまで作るのではなく生まれるものだ。僕はその条件をひとつひとつ整理して、祈るように組立てていく。それはちょうど百姓が土づくりをするように。また、こんな例え方もある。父親であれば一度は経験する我が子の誕生の時、ただ無事を祈って手を合わせる。思いは同じだ。

「農作物」は食欲を満たし身体を作り、健康を保つ。「建築」は安心安全を確保し、心の平穏を保つ。僕の建築の最大の願いは、平穏な空間を生み出すことだ。全ての計らいはそのためにある。平穏な空間は予定調和の中には生まれない。だから、いつも自然が居心地のいい場を作ろうとしている。素材が喜ぶように作ろうとしている。作りすぎてはダメだ。自然は人のたくらみ(デザイン)が嫌いだ。一期一会。出来てしまったことを受け入れる達観とそれを楽しむ寛容が必要だ。多様性や普遍性はそんなところに生まれて来る。

話を戻し、僕がクライアントに確認してほしい「機能」とは、図面で確認出来る範囲のことだ。冷蔵庫や洗濯機は納まるか。ベッドが入るか。洗濯物は干しやすいか。ゴミ箱の大きさ、種類、場所など自分の持ち物や生活習慣に照らし合わせれば確認出来ること。一方「イメージ」とは、例えば利休の茶室に、小さい、狭い、低い、暗いと感じることだ。こういう場合、そもそもお互い求めているものが違っている。しかし、共感が出来れば、言葉に意味はなくなる。だから建築に何を求めるか確認し、信頼が築ければ家づくりはさほど難しくはない。




2014/12/10

スティーブ・ジョブズの言葉 ージョナサン・アイブ(アップル チーフデザイナー)のインタビューより




「多くの人がデザインと聞くと、どのように見えるかを重視して考えるが、私たちはどのように”機能”するかを一番に考える。」

次のブログで


「80%の仕事はすべて失敗に終わる。大切なのは良くないと感じたら、すぐに作業を辞める勇気を持つ事だ。ジョブズはいつも口癖のように言っていた。”これで十分か?”、”これが正しいことか?” ってね。」

おそらくこれが出来なければ、永く仕事はできないだろう。ひとつのプランに執着することで、大事なものが見えなくなる時もある。いろんな引出しを巧に引き出してくる能力が必要。


「デザインとは、物体の前に座った時、デザイナーの “伝えたいこと” がひと目で分かるところまで落とし込まなければなりません。それを作り出すためにどれだけの時間を費やしたか、なぜ作ろうと思ったかなどを瞬時に伝えることが重要なのです。」


あらゆるディティールが、それを作り出すために存在しなければならない。「神は細部に宿る」。だから、人が考えたもの(既製品)をそのまま使わないことだ。



「情熱がない限り、理性のある人は途中で諦めてしまう。」


「情熱」というより僕の場合、他に生きるすべがないといった方がしっくりくる。

2014/12/02

「うさぎちゃん」完成!








「うさぎちゃん

やっとできた。

長女の大学の卒業制作の相談を受け、

軽い気持ちで「三輪車にしたら」といったのが運の月。

結局、手伝わされ、

このひと月ほどの日曜日をこの制作に費やしてしまった。

ハンドルは、庭に落ちていた枝を使い、

車輪は薪ストーブの薪にしようと積んでいた太い薪を

チェーンソーで輪切りにした。

座の板だけは家になかったので、

北洋木材の草野くんに倉庫の隅に置いてあった切れ端を頂いた。

設計図もなく、出会い頭の材料で

行き当たりばったりでもどうにか形になった。

日頃ミリ単位で設計図を描いて作る仕事とは大違い。


でも、一期一会の偶然の出来映えに少し嫉妬する(笑)。